神様が舞い降りる清流、春の上高地

魅力的な清流がたくさん集まる信州。今回は信州を代表する清流、上高地の絶景をお届けします。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

「神が降りる地」。

空気の淀みも、心の曇りさえも浄化する碧の清流。
穂高連峰の伏流水を集めるその流れは、陽の光を受けて厚みのあるガラスのように輝きます。

なめらかに流れる清流は、一点の曇りさえありません。
驚くほど透き通った水は、触れずとも身体の隅々に浸透し、心を潤してゆくのが分かります。

やがて現れるのは神秘の池。
さきほどまでのせせらぎの音が嘘のように、ひっそりと静まり返ります。
それは例えるなら、何かの力に護られているかのよう…


神様が舞い降りる清流、春の上高地

こんにちは。県外ライターのこまきです。
魅力的な清流がたくさん集まる信州。
人の心を惹きつける清流には、行くだけで心が洗われるような魅力があります。
今日は信州を代表する清流、上高地の絶景をお届けします。

プロローグ

「今日はお疲れのようですね。」
ここは、松本でお気に入りのバー。どんなに疲れていたって、ここに来ないと松本に来た気がしません。

神様が舞い降りる清流、春の上高地


時は2013年春。
清流を歩いた心地よい疲れに、薄暗いバーの心地よさ。ほんの一瞬、意識が遠のいたのをマスターは見逃しませんでした。

「実は今朝松本に着いて、そのまま上高地を歩いて来たんです。」
「あら、それはいい日に行かれましたね。今日は久々の晴天だったんですよ。」

そんな素晴らしい日に上高地に行った優越感。
マスターは本当に人の心を心地よくするのがお上手で。

「何時ころにお着きで?」
「家を5時前に出て、…上高地に着いたのは9時頃ですかねえ。大正池から河童橋まで歩いてきました。」
「なるほど。そうすると朝もやは楽しめませんでしたね。」
「朝もやは出ていませんでした。…それは何時頃なんですか?」
「夜明け前ですかね。こまきさんが家を出た、少し前です。」

そりゃ無理だ。
苦笑いしていると、マスターが続けます。

「早朝の大正池は、立ち枯れの木にもやが掛かって幻想的です。あと、次の機会にはぜひ明神池へ行ってみてください。上高地の由来に通じる池なんですよ」

神が降りる地、上高地

「神降地」。
上高地の起源とされる名です。穂高岳に「穂高見命」という神様が降臨したことに由来し、神降りる地、神降地と呼ばれました。奥宮が祀られる明神池あたりは、「神河内」「神垣内」とも呼ばれ、いずれも特別な地として崇められてきました。上高地の「上」とは、「神」を表すものだったのです。

上高地の開拓の歴史は江戸時代まで遡ります。その始まりは、松本藩によって進められた木材伐採。1700年ころ、上高地の近隣には12のきこり小屋があったそうです。やがて、1800年頃に上高地温泉が発見されると、湯屋が出現。江戸末期には槍ヶ岳などの山岳信仰により、巡礼登山が行われるようになりました。

この秘境が転機を迎えたのは、明治に入ってからのこと。政府が産業近代化のためにイギリスから呼び寄せたウイリアム・ガウランドが槍ヶ岳に登頂。この記録をイギリスの雑誌に「Japan Alps」という名前で紹介します。この「日本アルプス」という名は、同じくイギリスからやってきた宣教師で登山を趣味にもつウォルター・ウェストンの著書、「日本アルプスの登山と探検」によって、世界に広く紹介されました。こうして日本アルプスの名が広まり、登山の性格が信仰から楽しむ行為へと変わってゆきます。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

上高地を見守るウェストン碑

 

さらに、昭和8年には上高地にバスが乗り入れを開始。この頃、上高地に帝国ホテルが誕生しました。こうして、観光地としての性格を強めてゆくのです。

いざ、上高地へ

初めて上高地へ行った日から5年、ゴールデンウィークの中日にたった1日の晴れ間。偶然テレビで見かけた上高地の映像に、上高地に行きたい気持ちが芽生えます。明日を逃せばまた1年行くこともない…。そんな気持ちが背中を後押しし、そのまま深夜0時過ぎに埼玉を出て、上高地へ向かいます。

自宅から松本駅までちょうど200km。そこから上高地まで50km。マイカー規制があるため、上高地入りはバス発車時刻の制限を受けます。その日のバスの始発は、4時40分発。よし、これでマスターが教えてくれた景色に会える!

松本に着いたのは3時ころ。梓川の土手沿いの道はまだ真っ暗で、車の窓を開けるとせせらぎの音が車内にも響きます。
新村付近から野麦街道へ渡ると、あとはひたすら道沿いに沢渡へ向かう道。梓湖はただただ真っ暗で、漆黒の闇に包まれた崖下は何も見えないため、かえって怖さもありません。狭いトンネルをいくつも通り過ぎ、1時間ほどで沢渡へ到着します。 

バスターミナルは、車の数の割に静か。おそらく上高地に宿泊中の観光客の車でしょう。我慢ができないほどではない寒さに装備を迷いながら、念のため防寒着を用意。薄暗い中現れた観光バスに1番に乗り込みます。暖かく心地よい車内。ほどなくして6割くらいの乗客を乗せると、いよいよ出発です。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

沢渡バスターミナルと始発バス

 

朝もやの大正池と焼岳のモルゲンロート

気が付くと、車窓は大正池に変わっていました。徹夜だったため、眠ってしまったようです。あわてて降りる準備をして、大正池のバス停で下車。見覚えのあるホテルの脇の小道を降り、池へと向かいます。池のほとりまで来ると、懐かしい景色が広がっていました。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

雄大な焼岳と大正池

 


岩がごろごろとした湖畔。右手には上高地の象徴とも言える、穂高の山々。少しガスがかかっていますが、じきに晴れることでしょう。大正池の象徴ともいえる立ち枯れの木は、明らかに本数を減らしています。山の下には、細長く広がる大正池。そして期待する池に立ち込める朝霧は…

神様が舞い降りる清流、春の上高地

朝もやの大正池

 

神様が舞い降りる清流、春の上高地

立ち枯れの木にうっすらとかかる朝もや


出ていました。目を凝らせば、池からうっすら霧が立ち込めているのがわかります。気温差や湿度に依存するため、今日の朝霧はマスターの話までとはいきませんが、湖面を撫でるように吹く風に舞いあがる朝霧は、なんとも幻想的です。

しばし湖面の様子に心を奪われていると、今度は正面の景色に変化が現れます。焼岳のモルゲンロート。富士山のような形をした美しい焼岳が、山の半分を赤く染めあげます。その美しい山体を池の水鏡がしっかり受け止めると、周囲の景色もそれに応えるかのようにほんのり朱色に染まります。この季節、この時刻にいなければ見られない景観。上高地にきたことを、実感します。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

モルゲンロートの焼岳

 

この大正池、焼岳の大爆発で誕生して2015年に100年を経過しました。しかし、実はこの池、存亡の危機をはらんでいます。数多くの沢から水が流れ込み、多くの砂利が池に流れ込んでいるのです。焼岳からの土石流もあります。その量はすさまじく、7~8年放置すれば埋まってしまうと言われているほど。実は、この景観を守っているのが東京電力。池の水を発電に使用している東京電力は、毎年1.4億円のお金をかけて池を浚渫をしているのです。この風光明媚な景色は、実は人の手で守られているのです。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

美しい景観の大正池

 

陽のあたる清流

美しい景色を目の前に、池に陽が当たるまで待ちたい気持ちに駆られますが、今日は明神池まで足を延ばす予定。後ろ髪を引かれる思いで大正池を後にします。実は、もう一つ先に進んだ理由がありました。とにかく寒くてじっとしていられないのです。まだ陽の当たらぬ上高地は驚くほど寒く、薄手のダウンを着込んで寒さをしのぎます。

ほどなくして、田代池に到着。山を背景に池と湿地が広がりますが、まだ陽の当たらぬ田代池は発色がよくありません。それにしても、なぜこんなに白っぽいのか…。数枚シャッターを切って、先へと進みます。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

日の出前の田代池

 

やがて、すぐに田代湿原が現れます。この田代湿原は真っ白です。足元に迫る湿原を見て、やっと白さの理由が分かりました。草に霜が降りているのです。寒いわけだ…。新緑の湿原が見られないのは残念ですが、上高地は1日で全てのベストショットを撮ることは不可能。できれば混み合う前に河童橋まで到着したい。復路に期待を残しつつ、先を急ぎます。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

夜明け前、霜のおりた田代湿原

寒さに足を速めながら川沿いの歩道を歩けば、聞こえてくるのは小鳥のさえずりに川のせせらぎ。この楽園のような音に、意識の半分くらいをもっていかれます。しばらく夢心地で歩いていると、ある瞬間に視覚の変化に気づきます。ついに川に陽が当たったのです。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

陽のあたる清流

 

陽が当たった川は、碧く、なめらかに輝きます。透明度が高い碧い水は、極上の宝石そのもの。せせらぎの白とのコントラストが碧をより印象深いものに惹きたてます。やはり、陽のあたる梓川は美しい! 

やがて田代橋に到着すると、橋の上からの景色を堪能。穂高連峰に向かって大きく右へカーブする梓川は、川幅も広く開放感にあふれています。朝特有の斜めの光を受けた川底は、橋の上からでも岩の様子が手に取るようにわかるほど。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

橋からみた蛇行する梓川と穂高連峰

 

ここまでの道のりが約2km。河童橋まではあと1.5km。明神池は河童橋から3kmもあります。一休みすると、河童橋を目指します。

美しい自然が続く、河童橋への道

田代橋と穂高橋を超えると、今度は右岸(上流を向いて左手が右岸)の道を行きます。梓川と焼岳を背景に上高地温泉のホテルが建つ景観は、高原リゾートそのもの。すっかり明るくなった梓川は、より一層輝きを増して流れゆきます。河原まで下りてみれば、なんと梓川の清流の美しいことか。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

手前と奥の碧のコントラストが美しい清流

 


整備された歩道は、清流沿いの極上の道。振り返れば、近すぎてカメラの画角に収まりきらないほどだった焼岳は、その大きさを少しだけ小さくし、下流方向に雄大な姿を魅せています。川沿いには、うっすらと鶯色に染まる木々。陽のあたった新緑の芽が、ぼんやりと木々を化粧しているのです。この季節の上高地にある色は、柔らかく優しい色ばかり。清流の魅力を引き立たせています。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

焼岳と新緑が萌える上高地

 


飽きることのない清流の道を進むと、やがて川の上流に見覚えのある吊り橋が現れます。ほどなく歩けば、中間点の河童橋に到着です。

雪渓の穂高岳を背景に、清流をまたぐ河童橋は、上高地を代表する景観の一つです。中には俗っぽいという人もいますが、やはり美しいものは美しい!真っ青な空に真っ白な雪渓が映える穂高岳。宝石のように碧く流れる梓川に掛かる吊り橋。誰が見たって絵になる景観です。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

河童橋、梓川と穂高岳

 


橋の上からの景色も絶景。新緑の蛇行する碧の清流の正面に、壁のようにそびえる残雪の穂高岳。この美しさが人を魅了し、たくさんの人々を上高地へと呼び込むのです。ゴールデンウィークの中日のこの日は、橋のたもとにこいのぼりが泳いでいました。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

河童橋からみた梓川と穂高岳


神様が舞い降りる清流、春の上高地

河童橋とこいのぼり

 

上高地由来の地へ

今日の最終目的地は、ここから3km先。時刻は午前8時半ですから時間に余裕はありますが、山の景色は水蒸気が上がる10時までが勝負。しばし河童橋の景色を堪能したら、引き続き川の右岸を先へと進みます。

河童橋の先で蛇行する梓川を見送ると、歩道は森の中へ。岳沢湿原を抜け、いくつもの沢を渡ります。梓川とは離れましたが、今度は多くの湿地や沢が訪れる人の目を楽しませてくれます。美しい木道と雪化粧のアルプス。倒木に映える美しい苔。勢いよく流れる沢と、沼地で泳ぐように揺れる藻。飽きることのない美しい景色に、たまに顔をのぞかせる梓川が極上の安らぎを与えてくれます。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

神様が舞い降りる清流、春の上高地

神様が舞い降りる清流、春の上高地

やがて、森を抜け梓川と合流すると、その先に吊り橋が見えてきます。その橋が明神橋。右岸から見ると殺風景に見えるこの橋は、左岸から橋を振り返り見るとその美しさがわかります。橋の先に見えるのは、先の尖った明神岳。吊り橋の主塔の上にそびえる明神岳は神々しく、この橋が「神河内」と呼ばれた聖域に通じていることを予感させるのです。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

明神橋と明神岳

 


改めて橋を渡って右岸に戻り、そのまままっすぐ山の方へと続く道を歩きます。すでに見えている鳥居が、穂高神社奥宮の鳥居。その上には、明神岳の頂がはっきりと見えています。奥宮が祭られている先にあるのは、この山の頂と明神池。厳粛な空気を感じながら、お参りを済ませます。そういえば、先ほどまであれほど近くに聞こえていた梓川のせせらぎの音はどこかへ消え、静寂に包まれています。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

厳粛な雰囲気を漂わせる穂高神社奥宮

 


はやる気持ちを抑え、拝観料を支払って明神池へと進みます。すると、その先には明らかにここまでの上高地の雰囲気とは一線を画す池が広がっているのです。

神秘の池

神秘の池、明神池。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

静かに水を湛える透明度の高い池は、周囲の木々の色を映し、池の奥で深いエメラルドグリーンに染まります。まるでぽっかりと森に大きな穴が開いたような池。周囲は明るいのに、不思議と厳粛な空気が漂っています。その空気は、まるで池が何かの結界に守られているかのよう。正面には明神岳が池を見守るかのようにそびえ立っています。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

エメラルドグリーンのコントラストが美しい池


神様が舞い降りる清流、春の上高地

明神岳と明神池

 


池に突き出た小さな桟橋には、一目で神社の儀式に使われると分かる、朱色と黒の小舟が二艘。厳粛な雰囲気に、朱色の船体が映えます。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

桟橋と小舟

 

池はさらに左に続き、先ほどとはまた少し趣の異なる景観を見せてくれます。池に沈む倒木、立ち枯れた木、池に浮いたように見える木の小島。これらの木々が紙一重に存在し、池を中心に坪庭のような世界を作り上げているのです。清流と湿原のイメージが強い上高地に、こんな神秘的な池があるとは。

神様が舞い降りる清流、春の上高地

神様が舞い降りる清流、春の上高地


古の人々が木を切るために山に入り、そして出会った神秘の池と神秘の山。人々が穂高の山々に神々を想い描き、この池を聖域として崇めて護り続けたその結果、神聖な場所として現代に受け継がれました。そんな想いが「上高地」の名の由来に込められていると思うと、今日出会った景色の数々に敬意の念を抱かずにはいられないのです。

エピローグ

神が降りる地、上高地。いかがでしたでしょうか。いつだって清流はいいものですが、上高地の景色は特別です。機会があったらぜひ天気のよい早朝めがけて、上高地に行ってくださいね。きっと、今まで見たことの内容な絶景に出会えるはずです。

神様が舞い降りる清流、春の上高地