身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

北アルプスや6つの百名山に囲まれた松本は、日本有数の山岳地帯。そんな中で、バスで気軽に登山が楽しめる3000mの山があるのをご存知ですか? 今日は標高3,000mの世界が創る絶景スポットをご紹介します。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

空の天井を予感させる、蒼い空。
開けた目線の下に漂う、白い雲。

その白い雲は雲海となって広がり、足元の山に白い波のように打ち寄せます。
見渡せば、たった一本の木も生えることを許さない厳しい世界。
その世界に引き寄せられるように歩き始めると、無意識に荒くなる呼吸に気が付きます。
…そうか、そんなに空気が薄いのか。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

こんにちは。県外ライターのこまきです。
北アルプスや6つの百名山に囲まれた松本は、日本有数の山岳地帯。全国に約20座ある3,000m以上の高山のうち、9座がひしめき合います。その9座の中には、槍ヶ岳など命を掛けて登る山も。
そんな中で、バスで気軽に登山が楽しめる3000mの山があるのをご存知ですか?今日は、標高3,000mの世界が創る、絶景スポットをご紹介します。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

プロローグ

夜の気温がぐっと下がり始めた、10月の初旬。半年ぶりにバーの扉を開けると、マスターはいつものように奥のカウンター席に案内してくれます。ここは松本でお気に入りのバー。以前ほど通えなくなっても、常連のように接してくれます。
今日は満席。手があいた隙に、マスターが話しかけてくれます。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

「今日は松本にお泊りで?」
「ええ。でもホテルが取れなくて、車中泊でして…」
苦笑しながら答えると、マスターは聞いて欲しいことを的確に訪ねてくれます。
「急なご予定ですか?」
「実は、週末の天気が好転したんで、急遽乗鞍岳の紅葉を見に。」
「…んー、残念ですが、乗鞍の上はもう紅葉終わっていると思います。もし乗鞍岳に行かれるなら、この季節、早朝の雲海とか綺麗ですよ。」
そして、一言。
「もし登られるなら、今日のカクテルは少し弱めにしますが、いかがいたしますか?」

乗鞍岳とは?

北アルプスのやや外れにある乗鞍岳。複数の峰の総称です。最高地点は「剣ヶ峰」の3,025mで、日本で19番目の高さの山になります。頂上に立てれば、日本で19番目に高い場所にいるということ。

19番目?…と思った方、侮ってはいけません。一番高い場所は富士山の3,776mですが、2位はぐっと下がって北岳の3,193m。なんと583mも下がります。以下10位まで3,100mの山が続き、3,000mを越えるのは約20座。3,000メートルの山を登って10位との差はたった75メートルですから、いかに僅差であるかが分かります。

そんな中にあって乗鞍岳は、老若男女が気軽に訪れる稀有な山。標高2,700メートル付近までバスで行けるアクセスの良さが理由です。頂上まで行かなくても、バス終点付近には手軽に登れる山やご来光スポット、雲海スポットなどのフォトジェニックなスポットがたくさん。手軽に手に入る「絶景」を目当てに、実に多くの人がこの山を訪れます。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

周辺には絶景スポットが多い

 

乗鞍高原の朝

漆黒の闇がゆっくりとモノトーンの世界変わる頃。薄明りに朝霧が漂う中、ゆっくり準備を始めます。ここは乗鞍高原観光センター。この観光センターは乗鞍岳へ向かうバスの発着所になっていますが、200台も停められる駐車場はすでに満車です。

さすが標高1500m付近、まだ10月初旬というのに気温は3℃しかありません。大勢の人々が6時10分の始発バスに乗ろうと、真っ白な息を押しころすように黙々と準備を進めます。やがて人々の期待に応えるかのように輝き出す乗鞍岳の山頂。いち早く陽の光を受けた乗鞍岳は神々しく、周囲から歓声があがります。
間もなく自分はあそこへ行く。どんな素敵な世界が待っているのでしょうか。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

乗鞍高原観光センターに停車中のバス

乗鞍岳の拠点、畳平へ

乗鞍高原観光センターから終点の畳平までは50分ほど。バスは1分毎に平均25mも標高を上げてゆきます。ゲレンデを横切ると、開けた視界の先には間近に迫る雲海が。きっと畳平では素敵な雲海が見られるに違いありません。車内からは大きな歓声があがります。

数十分も走ると、鬱蒼とした原生林が続いていた車窓が明るくなり、位ヶ原山荘の先で森林限界を迎えます。森林限界とは樹木が自生できる限界ラインのこと。北アルプスでは2,500メートルとされています。普通は長い距離を歩いてようやく到達する場所。こんな場所をバスに乗って通過するなんて、驚きの体験です。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

位ヶ原山荘と畳平へ向かうバス


今回の旅の目的は、森林限界の紅葉でした。さえぎるものがない世界に高山植物が織りなす紅葉は、まさに絶景です。しかしマスターの言う通り、その年の紅葉は終わっていました(翌年リベンジを果たしますが、それはまたの機会に)。残念ですが紅葉はあきらめ、山頂を目指すことにします。

そうこうしているうちに、バスは終点の畳平に到着。さぁ、早いうちに山へ出かけましょう!

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

標高2,700mの畳平と鶴ヶ池

大黒岳の絶景

せっかく来た乗鞍岳。雲海・日の出の絶景スポットとされる大黒岳に立ち寄りました。
大黒岳は乗鞍岳を構成する23の峰の一つ。畳平から標高差50mほどで、手軽さから軽装で登る人もいるほどです(軽装はおすすめしません)。

実は、畳平周辺には標高差の少ない山がいくつかあり、素晴らしい写真が撮れると多くのシニアがやってきます。空気が薄いため高山病には注意が必要ですが、この気軽さは驚くばかり。途中まで階段が整備された登山道は傾斜も緩やかで、10分少々歩けば山頂に到着します。百聞は一見に如かず。そこには想像を超える絶景が待っています。

最初に視界に飛び込んでくるのは、穂高連峰、常念岳、槍ヶ岳などの名だたる北アルプスの山々。穂高連峰に抱えられるように雲がたまった上高地は、まるで湖水を湛えたダムのようです。北アルプスの左右には雲海が広がり、左手には雲海にくっきりと浮かぶ白山が。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

大黒岳山頂からの景色


眼下には、雲海の海に浮かぶ桔梗ヶ原。1.5kmもハイマツの絨毯が続く桔梗ヶ原は、まるで絵画から飛び出したスイスの高原のようです。その台地にまっすぐな線を描くのが、岐阜県側へ降りる乗鞍スカイライン。見れば遠くに高原バスの姿が…。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

大黒岳山頂の大パノラマ


その右手には打ち寄せるような雲海。雲の上に顔を出す山々は、波打ち際の岩のようです。空の色は一層青さを増し、標高の高さを実感させます。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

雲海が広がる、長野側

今日はもう充分かも。寄った甲斐があったし、今がこの旅のピークでも後悔はない。
そんな気にすらさせてくれる絶景。こんな絶景がたった10分で味わえる乗鞍岳。畳平周辺の山々は、体力に自信がない方にもおすすめのスポットです。

いざ、山頂へ!

1. 畳平~肩の小屋

山の景色は、水蒸気で空気が白濁する前、早い時間帯に見るのが鉄則。大黒岳を降りると、そのまま主峰の剣ヶ峰へ向かいます。山頂まで標高差は300m、1時間20分ほどの道のりです。先を急ぐため、富士見岳(標高2,817m)を登り降りするルートをパス。整備された道を歩いていると、富士見岳を抜けた先で左側の斜面が急に開けます。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

斜面に近寄ると、真下には先ほどバスで登ってきた乗鞍エコーライン。よく見れば、乗鞍高原まで見渡せます。その先に遠くの山々まで続く雲海…。さすが森林限界、この眺望は下界にはない景観です。
身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

雲の下には乗鞍高原が

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

九十九折の乗鞍エコーライン

頂上からの眺望を良い条件で楽しむために先を急ぎます。雷鳥が見え隠れするハイマツの茂みを横目に歩いていると、程なくして「肩の小屋」に到着。ここはトイレや売店に軽食まであるスポットで、多くの人が立ち寄ります。小屋から頂上までは約50分。一息ついたら、第2ステージの始まりです。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

肩の小屋と雲海

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

頂上へと続く登山道

2. 肩の小屋~蚕玉岳

ここから本格的な登山が始まります。登山道は砂利と石が混じった道に変わり、油断すると砂利に足が取られます。そして、明らかに傾斜がきつくなった登山道。バスで来た手軽さで感覚が麻痺していますが、環境の厳しさはすぐに体が教えてくれます。
「…なんでこんなに苦しいんだ? …そうか、空気が薄いんだ。」
その事実を飲み込むと、改めて深呼吸し、自分のペースで歩み始めます。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

あっという間に標高が上がる

苦しさにも少し慣れると、周囲を見渡す余力が生まれます。振り返れば肩の小屋はあっという間に目線の下に。北アルプスの山並みも目線の高さまで下がり、ますます眺望が開けてゆきます。長野県側には、ハイマツの絨毯にアートのような線を描く乗鞍エコーライン。あの遠くの高原バスが畳平に到着するまでには、20分はかかることでしょう。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

ハイマツの絨毯とエコーライン

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

北アルプスの山並み

ひたすら登り坂が続く登山道ですが、どこを見ても絶景続きで飽きることはありません。登り始めてまだ1時間、歩いた分だけ確実に広がる眺望。こんなに手軽に絶景が楽しめるなんて、にわかに信じがたいことです。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

たった1時間で驚くほど視界が開ける

3. 蚕玉岳~剣ヶ峰

標高にも体が慣れたころ、ひたすら上り坂が続いた登山道が平になります。ここは蚕玉(こだま)岳山頂。剣ヶ峰手前のこぶのような場所です。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

蚕玉岳山頂と剣ヶ峰

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

剣ヶ峰に山頂神社が見え始める

眺望が開けたこの場所からは、長野側の景色に加え、斜面左の岐阜県側の絶景を楽しむことができます。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

岐阜県側の景観

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

肩の小屋は点のような大きさに…

長野側より濃い雲海と、その先に続く北陸の山々。その様子は、まさに雲の絨毯のようです。すぐ下には「権現池」という小さくてヒヨコのような形をした美しい池が青い水を湛えます。実はこの水、飲料水。こんなところにある池が飲料水になるとは驚きです。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

権現池とその向こうに続く密度の濃い雲海

眼下に続く登山道の先には、すっかり小さくなった肩の小屋。それもそのはず、ここの標高は2,980mもあります。見上げれば頂上はすぐそこ。頂上神社の鳥居がはっきり見えます。ここから先約50mは最後の砦。岩場の斜面を登ればすぐ頂上です。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

山頂の鳥居がはっきり見える

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

蚕玉岳と剣ヶ峰の中間点に「頂上小屋」があります。ここは、標高3,000mの景色を楽しみながらコーヒーが飲める素敵なスポット。立ち寄りたくなりますが、気持ちを抑えて頂上へと急ぎます。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

頂上小屋。頂上まであとわずか

小屋を過ぎれば頂上はすぐそこ。右に巻くように左手の登山道を登りきると、乗鞍岳の最高峰、剣ヶ峰の頂上に到着します。

頂上は手の届くところに…

頂上は手の届くところに…

4. 剣ヶ峰山頂

山頂から眺める景色と、これまで見てきた景色の違いは、一言でいえば「角度」。標高3,025mからの眺望には遮るものがありません。北アルプスの山並みも 目線の下に見えます。先ほど登った大黒岳も、天文観測所のある摩利支天岳もすべて目線のはるか下。その向こうには、いままで山の陰になっていた、雲海の大海原が広がります。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

地上とは一線を画す景観

登ってきた登山道は遠くまで続き、美しく一本のラインを描いています。今まで見ることのできなかった頂上の反対側には、雲海の上に顔を出す御岳山や中央アルプスの姿。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

遠く山並みが広がる

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

紺色に近い青、どこまでも続く雲海

ここまでずっと伴走してくれた長野側の景色には、雲海の切れ端が押し寄せ、ハイマツの絨毯の上にパッチワークの模様を描きます。空の色は濃さを増し、宇宙の近さを感じさせます。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

登山道を振り返る

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

岐阜県側も遠くまで続く雲海

押し寄せる達成感とあきれるほどの大パノラマに、登頂した人々は時間を忘れて絶景に見入ります。

さて、せっかくですから頂上の紹介をもう少しだけ。
剣ヶ峰の頂上には、少しだけ平らな場所があります。登ってきた左手のルートから入ると、細い通路のような場所を抜けて峰の反対側に出ることができます。そこには畳数枚分の広さの平地があり、鳥居と神社が設置されています。神社には、頂上神社のお守りが売られており、登頂の記念にも最適です。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

山頂神社裏側の祠

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

山頂神社と鳥居

しかし、この頂上は広い場所ではありません。混雑時には多くの人でごった返すため、頂上を示す三角点で記念撮影をするのにも長い列ができます。なるべく早い時間に登るのがおすすめです。

身近な標高3,000m、天空の「乗鞍岳」が魅せる大パノラマ

山頂神社からみた鳥居

頂上ではお守り以外売っていませんので、荷物にならない程度に飲み物や軽食を持ってゆくとよいでしょう。

エピローグ

蒼い空に白い雲海。島のように顔を出す、名だたる山々たち。
来た者にしか味わえない達成感に、「絶景」という言葉すらチープに聞こえるフォトジェニックな景観。

…でも、思い返せば頂上まで1時間ちょっとの道のり。
「北アルプス」といえば、登山上級者が行く危険と隣り合わせの場所をイメージしますが、ここ乗鞍岳はこんな素晴らしい景観をこんなにも身近に味わえる場所なのです。
もちろん、安全のため備えは充分に。
機会があったら、乗鞍の絶景をぜひ楽しんでみてくださいね。