祈りと神秘の山「美ヶ原」 王ケ頭・王ケ鼻の夜明け

松本の絶景スポットを紹介する連載。

今回は、北アルプスの夜明けを堪能できる「美ヶ原高原の夜明け」をご紹介いたします。

祈りと神秘の山「美ヶ原」 王ケ頭・王ケ鼻の夜明け

月明かりにうっすらと姿を見せる常念岳。凛とした空気に触れた女鳥羽川に朝霧が立ち込めると、北アルプスの輪郭がはっきりと見えはじめます。モノトーンの世界に浮かびあがる松本の街は、まだ人もまばら。やがて北アルプスが雪渓を燃えるようなピンク色に化粧をすると、まるでそれが合図であったかのように、北アルプスの山々が神々しく輝き出します。

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こんにちは。県外ライターのこまきです。松本の夜明けってドラマチックでいいですよね。北アルプスがあるだけでもずるい!なんて思いますが、特にモルゲンロートの時間帯の美しさは格別です。今日は、そんな北アルプスの夜明けを堪能できる、美ヶ原高原の夜明けをご紹介します。

プロローグ

…11月のある日。
バーの扉を開けると、マスターは僕を奥のカウンターに案内してくれます。ここは松本でお気に入りのバー。たとえ悪天候で北アルプスが見えなくたって、僕はここにさえ来られれば松本に来たことを実感できます。ここに来られたのは実に半年ぶり。

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ひとしきりマルスウイスキーの話に花を咲かせると、マスターがいつもの調子で訪ねました。
「今回はどちらへ?」
「実は、以前から気になっていた美ヶ原高原の夜明けを見に、明日王ケ頭ホテルに泊まります。」
「美ヶ原はいいですよね。この季節は北アルプスもきれいですよ。」
マスターは、安曇野平出身の方。いつもいろいろな事を教えてくれます。
「でも、夜明けは写真でしか見たことないですねぇ。日が昇る1時間くらい前からゆっくりモルゲンロートが始まるらしいですよ。」

信仰と電波塔の百名山 美ヶ原

ご存知の方も多いと思いますが、美ヶ原は日本百名山の一つで、八ヶ岳中信高原国定公園に指定されています。平安時代には朝廷の牧場があったと伝えられ、江戸時代には御嶽信仰のために多くの人が山を登りました。今も王ケ頭と王ケ鼻では、石像や石碑が御嶽山の方向を向いて祈りを捧げています。

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そんな美ヶ原に電波塔が立ち並ぶようになったのが昭和の中ごろ。この頃開通した林道によって美ヶ原へのアクセスは飛躍的に向上。1981年にはビーナスラインが開通し、観光地として飛躍を遂げました。私たちが美ヶ原の景観をこんなに手軽に楽しめるのは、この二本の道路のおかげなんですね。

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王ケ頭ホテルのロケーション

美ヶ原の朝は想像以上に早く始まります。11月上旬のその日、日の出時刻は6時15分頃ですが、マスターの話によれば5時過ぎには夜明けの兆しが北アルプスに現れるはずです。夜明けこそ旅の目的。この景色を後悔なく堪能するために、立地条件のよい王ケ頭ホテルに宿を取ったのです。

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ホテルは美ヶ原の最高峰、見晴らしのよい王ケ頭の崖の上に建っています。エントランスからは、遠く続く美ヶ原高原とその向こうに富士山、八ヶ岳連峰、秩父連山、浅間山の山々が眺められます。お目当ての北アルプスは、ホテルをぐるっと回った裏手の王ケ頭が絶好のビューポイント。本来は松本の街から見える王ケ鼻がベストロケーションですが、ホテルからは徒歩で30分。日の出と北アルプスを両方見たければ、このホテル近辺にいるのがベストです。

夜明けの兆し

王ケ頭ホテルの宿泊体験は、とても素晴らしいものでした。ロケーションの素晴らしさはもちろん、スタッフが自身のコミュニケーションで宿泊客を楽しませようとする姿には感動を覚えます。…という話は、長くなるのでまたの機会に。
目を覚ましたのは5時頃のこと。その日は西の空に月が輝き、部屋の窓からも南アルプスがぼんやり見えていました。目を凝らせば、南アルプスの方角には雲海が立ち込めているのがわかります。

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…北アルプスは?…見えました。雪渓を目印に暗い中でも御嶽山まで見通せます。やった!これは好条件にちがいありません。急いで外に出てみると、月明かりは想像以上の明るさ。ホテルのエントランスの正面に、美ヶ原の大地に遠く続く道が白い線を描いているのがうっすらと見えます。シルエットの八ヶ岳、富士山の下には雲海がたなびき、その上にはひときわ存在を誇示する明けの明星。こんなに明るく輝く金星を見たのは初めてかもしれません。

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月が見守る神秘の王ケ頭

11月上旬というのに外の空気は驚くほど冷たく、身体の震えですぐに我に返ります。時刻は5時半近く。もう北アルプスのモルゲンロートは始まっているはずです。急いでホテルを回って裏手に進むと、そこにはさらに幻想的な光景が待っていました。

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一言で言うと、深い青色の世界。まだ夜の暗さを残した濃紺の空に続く北アルプスと御嶽山。その境目は雪渓で白く浮かびあがります。裾野には、灯りの数が少なくなった松本市の夜景。少なく見えるのは、月明かりのせいかもしれません。そんな情景をバックに王ケ頭にくっきりと浮かび上がるのは、石碑と電波塔のシルエット。この対照的でアンバランスな二つの影は、まるで御嶽山に祈りを捧げているかのよう。そして、大自然と人々の営みが作り出すこの不思議な光景を月明かりが優しく見守ります。

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どれくらいの時間、この光景に見入っていたでしょうか。偉大な景色の前で人は無心になります。もっと王ケ頭の先端に近づき、崖上のパノラマを楽しむこともできたはず。でもこのときは、この神秘的で不思議な光景に写真を撮ることも忘れ、金縛りにあったかのようにそこに立ち尽くしていました。
現実に引き戻したのは愛用のカメラでした。気温はマイナス。左手の一眼レフは、まるで冷凍庫に入れた鉄の塊のような冷たさで、手の感覚は痺れを越え痛みに変わっていました。冷たさで無機質に見えるカメラは、手に馴染んだものとそれと異なり、別の世界の物に思えてきます。命を吹き込むかのように急いで電源を入れると、寒さで手ブレしないよう、こんどはゆっくりと息を吐き出してシャッターを切りました。

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よく見れば、北アルプスの雪渓にはモルゲンロートの兆しをはっきり確認することができます。さて、ホテル正面の富士山や八ヶ岳の様子はどんなでしょうか。 

夜明けのはじまり

時刻は6時少し前。まだ日の出には20分近くありますが、東の空はだいぶ明るくなっていました。
秩父連山は空を紅く染め、そこから太陽が顔を出す事を予感させます。それに応えるかのように、紅色の空にシルエットを浮かべる富士山と八ヶ岳。その影は明らかに先ほどより明るく、夜明けの近さを感じさせます。富士山の下にはうっすら紅色に化粧をした雲海…

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時間を追うごとに刻々と表情を変える美ヶ原高原の夜明け前。それは切れ目なく、ゆっくりと変化してゆきます。濃紺と紅で構成された色の変化は、いくつもの名前のない色をはさんで切れ目なく続き、時間を追うごとに刻々と変化します。それを祈るかのように静かに見守る人々…。

 

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そしてその変化はある一点でピークを迎え、この神秘の世界に一瞬で劇的な変化をもたらします。美ヶ原高原に夜明けの到来です。

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なんと神々しいことか。まだ明けぬ時からこの世界感に浸り、その変化をともにしてきたからこその感動なのかもしれません。

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太陽が顔を出すと、モノトーンの世界は色を取り戻します。みれば富士山の下にたなびく雲海は、一瞬だけ雲をうっすらとピンクに染め、すぐに白く輝き始めます。

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目線を高原に戻せば、緑の大地、青い空。朝焼けに輝く八ヶ岳の雪渓…。雪渓!!!

祈りの王ケ鼻と松本市

…忘れていました。北アルプスのモルゲンロート。最後に北アルプスを見たのは20分も前のこと。きっと劇的な変化を遂げているに違いありません。ホテルが運行するマイクロバスに乗ると、王ケ鼻に到着するのが待ち遠しくてなりません。…10分後。王ケ鼻に到着すると、そこには真っ白に輝く北アルプスの雄姿が…。残念ながら朝焼けにピンクに染まる北アルプスのモルゲンロートのピークを見ることはかないませんでした。

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残念ながら朝焼けにピンクに染まる北アルプスのモルゲンロートのピークを見ることはかないませんでした。が、せっかくですので、拝借してきた美ヶ原から見る北アルプスのモルゲンロートの写真をご覧ください。(季節は真冬です)

モルゲンロート

しかし、早朝の王ケ鼻の景色もまた素晴らしいものでした。眼下にはまだ山の陰になった松本の中心街が広がり、目の前には北アルプスが屏風のように遠く続きます。穂高連峰の上には、先ほどまでこの世界を照らしていた月が、白く宙を漂っています。

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王ケ鼻の石畳の上には、江戸の時代から松本の街を見守ってきた石像たち。その石造群の向く先には、真っ白な御岳山が雄大な姿を見せます。まさに祈りの地。石仏たちが標高2,000メートルもの上空から松本の街を見守っているなんて、日々の営みを送る中で意識することは皆無ですが、改めてこの光景を見るにつけ、松本はなんと恵まれた街なのだろうとつくづく考えさせられるのです。

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王ケ鼻からみた市街地.JPG

エピローグ

祈りと神秘の山、美ヶ原。いかがでしたでしょうか。ひょっとすると松本に住んでいると身近すぎる話題なのかもしれませんが、県外から松本に通う者としては、こんな素晴らしいスポットのある松本が羨ましくて仕方ありません。機会があったら、ぜひ標高2,000メートルの世界から夜明けの松本を楽しんでみてくださいね。